まこ先のきまぐれラクダ日記

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D-projectのワークショップ

 明日、千葉県勝浦市でD-projectのワークショップが行われる。講師をするために今日の午後から千葉に向かう。モバイルでの通信環境が貧弱なため、この2,3日はこのblogも滞るかもしれない。
 千葉県はディズニーと幕張メッセ以外には行ったことがない。とくに外房ははじめてだ。日本海側の住人としては、黒潮打ち寄せる太平洋の海岸を見るのは楽しみだ。
 12:35富山空港発。勝浦入りは16:30頃の予定。
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 16:45 今日の宿に着いた。勝浦は、漁業の町なのだろう。いたることろに魚屋さんや干物やさんがある。宿の前では朝市も立つそうだ。今晩は、おいしい太平洋の魚を食べて、明日のワークショップにそなえようと思う。
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# by mac04 | 2004-08-26 09:01 | 教育

地域のこと

 ぼくの住んでいる地域(というか村というか)には、各年代層ごとに会があって、ふつうは住人はみんな所属することになっている。男子の場合だと、高校を卒業すると「青年会」(35歳まで)、その後は「頼友会」(いわゆる壮年会。50歳まで)、「一四会」(75歳まで)、「光寿会」(あとずっと)という具合である。それとは別に、いわゆる町内会のような組織もあるので、タテにもヨコにもきっちりはめこまれている感じだ。なにしろ田舎なので、封建的だといえば、まあその通りだ。
 こうした組織(いまふうに言えばコミュニティーかな)は、はっきり言えば「めんどう」である。会合もあるし、役割もふられる。お金も必要なら、時間もとられる。実際、会合や行事の参加率はかなり低い。
 それでも、地域のまとまりが曲がりなりにも保たれているのは、こうした各種の組織が存在しているからなのだと思う。住民運動会や市民体育大会の選手を決めるのも、選挙の時に動くのもこうした組織だ。封建的だとは思っても、これがなくなると、地区の行事などは、ほとんどできなくなるんじゃないか(または、一部の係の人がとんでもなく大変な思いをすることになる)と思う。最近では、よそから転居してきた人たちも、あまり苦労せずにとけ込めるようになったらしい。(昔は、よそ者だと言って、いろいろ大変なこともあったようだ。)
 ネット上でよく「コミュニティー」という言葉を目にするが、これはあくまで、仮想のコミュニティーだ。好きなことを言い合っても顔を合わせるわけではないし、、いやなら抜ければいい。お気楽なものだ。現実の地域の場合は、そうはいかない。いろいろな業種のいろいろな隣人が集まっているのだ。飲んでクダを巻くのもいれば、やたらと話の長いのもいる。先輩もいるし、親戚筋もいる。だからといって、あまり顔を見せないとおこられる。生身の人間とつき合うのは大変だ。
しかし、だからこそ、つきあい方も対処の仕方も自分なりの方法を学ぶのだ。少なくとも、ぼくにとっては、その意義が一番大きい。
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 ぼくは今年、頼友会の事務局長という役をしていて、会合の手配やらなにやら雑務全般を担当している。地区のお宮さんが百何十年ぶりかで改修になり、今年の秋祭りでは、ぼくらの世代では見たことも聞いたこともないような(古くから伝わる)行事をやらねばならないらしい。
 今から打ち合わせに行くのだが、どのくらい準備が必要なのか考えるとちょっと気が重い。都会に住んでいて、これを読んでくださる方には、たぶん、そのうち、田舎の珍しい行事(というか風習というか、因習というか・・・)の様子をお伝えできると思う。
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# by mac04 | 2004-08-25 17:23 | 日常

ケーブルテレビの仕事

 ケーブルテレビの仕事をしている。と書くと、公務員の兼職禁止規定に触れそうなので説明が必要だろう。ぼくの住んでいる地域のケーブルテレビは、「となみ衛星通信テレビ株式会社(TST)という会社で(ケーブルテレビなのに、なぜ「通信衛星」なのかは定かではないが・・・)、砺波市が株主となっている第3セクターである。そのためかどうかはわからないが、2チャンネルは市役所が番組を制作する行政チャンネルで、その中に「地区だより」というコーナーがある。市内の全17地区に「コミュニティー番組地区特派員」というのが公民館を通じて委嘱されていて、自分の地区の出来事や行事などをビデオで撮影して、5分から10分の番組をつくるのだ。私は、なぜかその地区特派員なのである。
 土、日に行われたサマーキャンプの様子を今、10分間に編集中だ。以前は、ビデオカメラで撮ったそのままのテープと、その中で流してほしい部分のタイムコードを記録した構成表をTSTに渡して編集してもらっていたのだが、10秒単位で使用する映像のタイムコードを書き出すのはとても手間なので、昨年からパソコンを使って自分で編集をすることにした。使用したのは、AdobeのPremiere6.0というソフトである。撮った映像のうち、必要な部分だけをキャプチャーしてつなげ、テロップやタイトルを入れる。それをテープにかき出すと、ちゃんと「番組」ができている。映像(動画)編集のおもしろさにはまってしまった。しかし、そのうち、BGMを入れたり、トランジションの設定をしたりしているうちに、どうにもストレスがたまってくるようになった。理由は、いちいちレンダリングしないと効果が確認できないので、待ち時間が長くなってきたためである。というわけで、今年の4月からPremiere Proにバージョンアップした。以前のパソコンではスペックが追いつかないので、マシンも買い換えた。多分、使える機能の1/20も活用していないとは思うが、編集作業は実に快適になった。その気になって手間と時間をかければ、本職のような映像を作成することも可能なのだ。
 しかし、こうなると、ちょっと考えてしまうことがある。砺波広域圏で一体どのくらいの世帯が2chの地区だよりを視聴してるのかは分からないが、身近な地域情報は人気が高いそうなので、かなりの人が視ているのだろう。一個人であるぼくのつくった番組がそこで流れるということには、どういう意味があるだろうか。少なくとも今までは、こちらで編集した番組を、市役所なりTSTが再編集するということはなかった。放映前にどこかで事前審査をしてるのかどうか知らないけれど、こちらから見る限りフリーパスで放映されているように見える。たとえば、もし、ぼくに一定の意図なり悪意なりがあって、サブリミナル効果のあるような番組をつくったとしたら、それが、そのまま放映されるようなことはあり得るのだろうか。また、そのまま放映されたとしたらどうなるのだろうか?
 インターネットやDTPが進歩し、個人が多くの人に対して情報を発信できるような環境がどんどん整いつつある。上に書いたケーブルテレビの番組の話はあまり一般的ではないかもしれないけれど、個人が映像や番組の発信をすることだって、すでにそんなに難しいことではないはずだ。情報を受け取る側としてのスキルや、情報を漏らさないように気をつけるといったことに加えて、情報を制作・創作し発信するためのモラルや責任といったことが、これからとても大切になってくるのだろうと思う。
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# by mac04 | 2004-08-24 19:43 | 教育

インターネットは人を殺すのか

 上記のタイトルは、第2話でふれた柳田邦男氏の論考(8月20日付北日本新聞朝刊第4面「現論」)で提起されている命題である。これについて考えたことを述べようと思う。
 柳田氏の主張は、以下の5点に要約できる。第1に、ネットによるチャットは、事件を起こした加害者たちに「閉鎖的な自己中心世界の中で攻撃な感情を増殖させ、抑制がきかなくなる」ように作用していると断定していること。第2に、今回の佐世保事件のような異常な事件に直面したときには、そこに潜む時代的な警鐘を察知する想像力が必要だとして、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』で指摘した農薬による環境破壊と同列に考えていること。第3に、今回の事件にかかわる様々な要因の中でも、「ケータイ・ネットの人格形成への影響」が特に分析の必要な対象だとしていること。第4に、「情報技術なんて大学にでも入って、本当に必要になったときに覚えればよい」ということ。第5に、だから、子供たちには「パソコン遊びを教えるよりも、情報化社会の危険性を考える力や情報モラルを身につけさせる方が先決」で、小学校からパソコンを追放することまで視野に入れた議論が必要だというのである。
 1点目について。チャットを利用している人の数はどのくらいかは分からないが、その人たちの多くが「閉鎖的な自己中心世界の中で攻撃な感情を増殖させ、抑制がきかなくなる」のであろうか?そうであはるまい。では、何らかの問題(攻撃的な感情など)を抱えている人たちは、チャットを通してそれを増殖させ事件につながったのか?それはそうかもしれないが、チャットをしなければ事件として発現しなかったのだろうか。これは分からないのではないか。因果関係が分からないからといってチャットに害がないというつもりはない。大切なのは、どのように使うかということではないかと思うのだ。柳田氏は「パソコンを使わせない子供たちと、パソコンを使いまくる子供たちの2つのグループをつくり・・・」という例を出して述べているが、「使うか使わないか」という二者択一的な発想で論を進めているところには無理があると思う。
 2点目以下について。農薬による環境破壊や水俣病が問題提起されたとき、「化学会社や体制派の学者たちは大げさだといって、総反撃した」。しかし、ネット社会の問題は、それと同じではない。ネット社会・メディア社会の問題点や影の部分は、むしろ、いわゆる情報教育を進めようとしている学者や実践者の方が強調しているのではないか。そして、そのための教育が必要だと声を上げているわけである。ここが最も大切な点だ。すでに、子供たちの周りはネット社会・メディア社会に取り囲まれており、それを取り除くことはできない。仮に学校から排除したとしても、家庭ではさらにどっぷりと浸っているはずだ。「ケータイ・ネットの人格形成への影響」を分析することが必要なのではなく、人格形成に悪影響を及ぼさないような使い方やかかわり方、ケータイ・ネットも含めたメディアを道具として使いこなし、生活を豊かにするためのかかわり方などを教えることが大切なのだろう。堀田龍也先生はそれをメディアとの「つきあい方」の学習と表現されている。そして、それは、大学に「でも」入ってからでは遅いのだ。なぜなら、小学生とっても「本当に必要」なことだからである。また、それを教えるためには、「小学校からパソコンを追放」してはできないであろう。『メディアとのつきあい方学習』で述べられているように、キーボード入力を教えなかったり、インターネットを取り上げたりして「臭いものに蓋をしても、本質的なことは何も解決しない」のだ。
 一番初めの命題がメタファであることは承知の上で、それでも私の結論はこうだ。インターネットが人を殺すわけではない。インターネットの危険性を理解せず(教わらず)、インターネットの暗黒面に落ちてしまった人間が犯罪を起こす危険性がある。だから、情報モラル教育(堀田先生言うところの「情報安全教育」)が重要なのだ。
 インターネットは、使い方を誤れば危険な道具であることは間違いない。だが、それは「車が凶器となりうる」「テレビは有害だ」ということと同じではないだろうか。
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 それにしても、柳田氏ほどの論客にして、小学校では「子供たちにパソコン遊びを教え」ているのだという程度の認識なのかと思うと複雑な気分である。小学生の子供を持っていない一般の人々にはどんなイメージなのだろうか。
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 今回の文を書くにあたって、クリフォード・ストール著『インターネットはからっぽの洞窟』を少し読み返してみた。7年前にはすでにネット社会のマイナス面がちゃんと指摘されている。ストール氏が「神話」に過ぎないと書いたことのうちいくつかは実現してしまったし、図書館は消え去っていないが、それでも「ネットワークの人工的な世界では、小鳥のさえずりさえ聞こえない。バーチャルコミュニティの約束手形はいろいろあるだろうが、それを追い求めるよりは、現実のコミュニティに住んで、現実の生活を送る方が大切だ。」という主張は正しいと思う。だから、どうするのか?現実の生活や本物の経験を通して得られるものを大切にしながら、便利な道具としてネットワークやメディアを使いこなす、そんな子供たちを育てていかなくてはならないのだと思う。
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# by mac04 | 2004-08-23 15:48 | 教育

公民館の仕事・2

 キャンプが終わって帰ってきた。とても疲れている。夜中まで飲んでいたとか、テントで寝ると腰が痛くなるとかいう身体的な疲れもあるが、それよりも精神的な疲れの方が大きいような気がする。今回の参加者は子供が21人、大人が(公民館関係者も含め)18人の計39人。これだけの人間がテントで1泊し、2食するとなると、準備だけでも相当なものになる。おおかたは公民館の主事さんが手配してくださるのだが、細かいところまで考えると、いろいろとあとから必要なものがでてきたりする。「サバイバル」が合い言葉とはいえ、子供たちのケガや病気の心配はやはりしなくてはならないし、ケンカなどのトラブルも起きる。主催者としては親の方にも気を遣わなければならない場面も多々ある。なんとか無事に終わったと思ったら、テントを返却する際にペグが一本足りないと言われてしまった。同じ種類のものを手配してそろえてほしいということで、手間が一つ増えてしまった。それやこれやで、もう、ぐったりなのだ。
 しかし、である。夕べの夜景は素晴らしかった(キャンプ場は見晴らしのよいスキー場の中腹なのだ)。富山大学の天文同好会のみなさんにお世話になった星の観察も楽しかった。朝、「テントを片づけよう。」と言ったら、「あーあ、楽しかったのにもう終わりかあ。」とつぶやいた女の子がいた。「来年もここでやりたいね。」と鬼が笑うような話をしている保護者がいた。つまるところ、疲れた以上にうれしいことの方がはるかに多かったのである。
 内地留学や研究会などを通して、堀田先生や中川先生から、コーディネートやプロデュースの大切さ、おもしろさということを教えていただいた。多少、意味するところは違うかもしれないが、今回のキャンプの企画から実施までの流れの中で、自分がそういう役割を少しは果たせたのではないかと思っている。
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 中川一史先生から、「なんでも地道にやる者が一番強い。」と励ましのメールをいただいた。ぼくが飽きっぽいことをよくご存じなのだろう。とりあえず、4話目となり、三日坊主は乗り越えた。誰かに見られているということは、やはり意欲につながるものだ。コメントをもらうとさらにそれが強くなる。全く、子供の学習意欲と同じだなあ。
 中川先生には、現在かかわっている、デジタル表現研究会(D-project)の会長としてお世話になっている。先生には、「子どもの学び」を生み出す授業のあり方について多くのことを教えていただいている。また、産学官の連携を積極的に推進されており、学校現場の中だけにいてはなかなか見えてこないものに目を向けさせてくださった。
 D-proの関連では、27日に千葉県であるワークショップに出かける予定である。
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# by mac04 | 2004-08-22 14:42 | 日常

公民館の仕事

 地元の公民館の役員を引き受けて5年になる。今年は青少年育成部長という役になった。学校5日制を受けて、地域の中で受け皿としての活動や行事を計画する。今日と明日は牛岳オートキャンプ場での野外キャンプの日だ。どうやら快晴に恵まれそうで、午後2時からの予定は順調にこなせそうである。一応、オートキャンプ場なので、テントサイトはきれいに整備されているが、周りにあるのは、山(スキー場)と雑木林だけである。自分たちでテントを張り、雑木林に入って小枝で箸をつくったり、弓矢などの遊び道具を作ったり、木登りをしたり、夜は寝転がって星を眺めたり・・・・、どっぷりと自然に浸かって過ごしてほしいと思っている。もちろん、これとて、子供たちにとってはある程度「お膳立てされた」活動ではある。一から十まで、全部子供たちが自分で仕切るわけではないし、周りの自然もある程度安全を確保された多少加工された自然だ。しかし、少なくとも今日の午後は、山と林の中でどう過ごすかは自分で決めなくてはいけないし、木を切るには刃物も使わなければならず、周りにはあまりありがたくない虫や生き物だっているだろう。1年生(幼児も何人かいたかな)から6年生までの小学生に経験してほしいものは十分に含まれていると思う。公民館として企画する活動は、そのような形でよいと思っている。
 ところで、公民館の仕事をするようになって実感することの一つに、「子供たちがとても忙しい」ということがある。夏休み中の行事も、スポーツ少年団や児童クラブの活動、塾などと重なってなかなか日程が組めない。前回の話と多少かかわらせていうと、「ネット社会が進み、バーチャルな体験ばかりが増えて、実体験が減っている。」というのは、ぼくの実感としてはあまりあたっていない。その実体験の部分が競技スポーツや習い事に偏っているのは事実だが、そこで身をもって体験することには痛みも感情もともなっている。とすれば、大切なのは、いろいろな種類の実体験をさせてやることであろう。それが、大人の仕事であり、公民館の仕事だと思っている。そして、体験できない部分はメディアに補ってもらえばいいのだ。
 さて、それでは、テントやシュラフの準備に取りかかろう。
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 堀田龍也先生からコメントをいただいた。さすがに情報が早い。堀田先生には、先生が富山大学に在任中に、3ヶ月の内地留学や交流学習研究会などで大変お世話になった。情報教育との出会いも堀田先生あればこそである。また、「学ぶ」ということ、「教師の仕事」について教えていただいたのも先生からである。大げさな言い方でなく、自分の教師観が転換した。以来、しっかりと実践することが恩返しになると思いつつ、それができないまま、3年余が過ぎている。あらためて気を引き締める今日この頃でした。
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# by mac04 | 2004-08-21 09:02 | 日常

コンピュータ室

 決してヒマなわけではないのだが、午前中、1時間半ほどコンピュータ室の環境整備をした。情報担当者としては、2学期前にきちんと環境を整えておくのは当然といえばいえるのだが、今日の作業はそのほとんどがマウスの中の掃除だ。1学期中から、「マウスがうまく動かない。」という苦情をよく受けていたのだが、「ボールを取り出して中の掃除をしてみてください。」と言ってもあまり実行された様子がない。高学年なら子供たちにさせることも可能なのだろうが、以前、ボールを取り出して遊んだり、なくしたりしたケースもあるので、あまり積極的にさせようという気にもならないのだ。結局、思い切って今日とりかかってみたわけだが、20個あまりのマウスをちゃんと動くようにするには、結構な時間がかかってしまった。3カ所あるローラーの表面だけでなく、芯のところに潜り込んでいるホコリが、見えにくいだけにやっかいだ。パッと見にはきれいそうでも動きが悪い場合は、そういうところが怪しい。針のような細いものでないとうまくとれない。
 しかし、情報の担当者というのは実にいろいろな雑務がある。そこで、今回のコンピュータ室の機器更新にあたって、ネットワーク運用支援のためのソフトウエアを導入することにした。まだ入札前なので確定ではないが、少しは担当者の負担が減ってくるといいなと思う。
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笹原さんがさっそくコメントを寄せてくれて、なんとご自分のブログからリンクまではってくれた。3日坊主にならないようにするためのありがたいプレッシャーである。なにしろ、「Sasaの情報教育紀行」といえば、愛読者も多い有名ブログである。あまり、いかげんなことを書けなくなってしまった・・・・。どうしよう。
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 今日の北日本新聞朝刊4面の「現論」にノンフィクション作家の柳田邦男さんが、「子どもを壊すネット社会」という論考を寄せている。情報モラル教育が先決だというのは当然だとしても、「小学校からパソコンを追放することまで視野に入れた議論が急務だ。」という結論には納得できないものがある。堀田龍也先生の『メディアとのつきあい方学習』で述べられていることと比べながら考えてみたい。(続きは後日)
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# by mac04 | 2004-08-20 11:30 | 教育

blogスタート

 ちまたで流行っているblogに手を染めてみることにした。単に、新しいもの好き(もう新しくないか?)なだけだが、情報教育という分野に多少なりともかかわっているいる以上、その中で進んでいることについて経験してみないことには、評価することも、ひとに勧めることもできないと考えたからだ。
 しかし、「継続」というのは、自分にとってもっとも苦手な分野なのだ。日記なんて、2週間続いたのが過去最高だ。しかも一度途切れると、飽きてしまって復活したためしがない。まあ、毎日書き込むことは、はなからあきらめているにせよ、せめて今年度いっぱいぐらいは一応曲がりなりにでもよいから「ブログやってるよ。」と言えるくらいにはしたいものだ。
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 さて、砺波市内5小中学校のコンピュータ室更新は、ほぼ仕様が固まりつつある。今回は各学校の意向をかなり全面的に取り入れてもらったので(もちろん予算の範囲内でだが)、庄南小学校分については、ほぼ理想通りの環境が整いそうだ。しかし、逆に言うと、学校間での環境の差がかなりできてしまったことも事実だ。「そのソフトでどうやって実践するの?」と首をかしげたくなるようなところもある。市教育センターから委嘱された「コンピュータ兼任研修委員」という会合での議論も経てきたはずなのだが、市全体のことを考えて、もう少しはっきりと考えを主張するべきではなかったか?と自分なりに反省している今日この頃である。
 作業が順調ならば、そろそろ入札のはずだ。うまくいけば、10月から新しい環境で情報教育の実践を進めることができる。
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 左上のラクダの絵には特に意味があるわけではないが、春先にお気に入りのAIGLEのジャージを着ていたら、「ラクダ色だ」と笑われたので、それ以来、「今年はラクダのように優雅に過ごすぞ!」と決めたのだ。というわけで、ラクダをトレードマークにすることにした。
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# by mac04 | 2004-08-19 22:42 | 教育
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小学校教師のつぶやき。昔は情報教育についての話題も発信してました。


by mac04
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