まこ先のきまぐれラクダ日記

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19. 「子どもの心が見えない」ということ

 ある学年で、ある子のズックが隠される事件があった。「ズック隠しなんて、よくやったよ。」といわれるかもしれないが、今回の件にはいろいろと他の事情があって、けっこう根が深いものなのだ。子どもにかかわる事件が起きると、最近、「子どもの心が見えない」とか、「心の奥にある闇」なんていう言葉が使われる。分からないのだからどうしようもないというあきらめが含まれていて、教師には楽な言葉のように思える。
 しかし、そもそも、いくら子どもだからといって、今までそう簡単に心の中を見ることができたのか?というと、かなり疑問に思える。昔も今も、子どもたちは「大人なんて、ちっとも子どものことを分かっていない。」と思い続けてきたのではないか。それでも、大人たちが、ある程度は子どもの気持ちや行動を予測できたのは、子どもの方が、大人の期待していることを理解しそれに合わせようとしたり、自分らの気持ちを分かってくれていないとは思いつつも、大人のいうことは聞かないといけないのではないかなと考えてくれていたからではないか、と思うのだ。
 だから、今の状況は、「子ども心が見えない」というよりは、「大人の言葉や思いが子どもに届いていない」というのうがふさわしいのではないか、と思える。その原因は、よく分からない。大人がモデルにたる存在でなくなったのかもしれないし、子どもが素直ではなくなったのかもしれない。しかし、それにしても問題の多くは大人の側にあると思うのだが、どうだろうか。
 はじめに書いたズックの件も(今日の出来事なのだが)、1時間使って、担任が言葉を尽くして指導した後に起きている。心を込めて対応しているつもりなのに、直後にそれが裏切られるような形で問題が起きたときほど、教師として情けない思いになることはない。一緒にズックを探しながら、つくづく共感してしまった。どうして、ぼくたちの言葉や気持ちが子どもたちに響いてくれないのだろう。それは語りの技術の問題なのだろうか。経験を通してしか実感できないからなのだろうか。だとしたら、みんなが一度は何かの被害者にならないといけないのだろうか。「見えない」とあきらめるのではなく、どうすれば思いを届けられるか、日々考え、悩み続ける毎日である。
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by mac04 | 2004-09-06 23:01 | 日常
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小学校教師のつぶやき。昔は情報教育についての話題も発信してました。


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