まこ先のきまぐれラクダ日記

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インターネットは人を殺すのか

 上記のタイトルは、第2話でふれた柳田邦男氏の論考(8月20日付北日本新聞朝刊第4面「現論」)で提起されている命題である。これについて考えたことを述べようと思う。
 柳田氏の主張は、以下の5点に要約できる。第1に、ネットによるチャットは、事件を起こした加害者たちに「閉鎖的な自己中心世界の中で攻撃な感情を増殖させ、抑制がきかなくなる」ように作用していると断定していること。第2に、今回の佐世保事件のような異常な事件に直面したときには、そこに潜む時代的な警鐘を察知する想像力が必要だとして、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』で指摘した農薬による環境破壊と同列に考えていること。第3に、今回の事件にかかわる様々な要因の中でも、「ケータイ・ネットの人格形成への影響」が特に分析の必要な対象だとしていること。第4に、「情報技術なんて大学にでも入って、本当に必要になったときに覚えればよい」ということ。第5に、だから、子供たちには「パソコン遊びを教えるよりも、情報化社会の危険性を考える力や情報モラルを身につけさせる方が先決」で、小学校からパソコンを追放することまで視野に入れた議論が必要だというのである。
 1点目について。チャットを利用している人の数はどのくらいかは分からないが、その人たちの多くが「閉鎖的な自己中心世界の中で攻撃な感情を増殖させ、抑制がきかなくなる」のであろうか?そうであはるまい。では、何らかの問題(攻撃的な感情など)を抱えている人たちは、チャットを通してそれを増殖させ事件につながったのか?それはそうかもしれないが、チャットをしなければ事件として発現しなかったのだろうか。これは分からないのではないか。因果関係が分からないからといってチャットに害がないというつもりはない。大切なのは、どのように使うかということではないかと思うのだ。柳田氏は「パソコンを使わせない子供たちと、パソコンを使いまくる子供たちの2つのグループをつくり・・・」という例を出して述べているが、「使うか使わないか」という二者択一的な発想で論を進めているところには無理があると思う。
 2点目以下について。農薬による環境破壊や水俣病が問題提起されたとき、「化学会社や体制派の学者たちは大げさだといって、総反撃した」。しかし、ネット社会の問題は、それと同じではない。ネット社会・メディア社会の問題点や影の部分は、むしろ、いわゆる情報教育を進めようとしている学者や実践者の方が強調しているのではないか。そして、そのための教育が必要だと声を上げているわけである。ここが最も大切な点だ。すでに、子供たちの周りはネット社会・メディア社会に取り囲まれており、それを取り除くことはできない。仮に学校から排除したとしても、家庭ではさらにどっぷりと浸っているはずだ。「ケータイ・ネットの人格形成への影響」を分析することが必要なのではなく、人格形成に悪影響を及ぼさないような使い方やかかわり方、ケータイ・ネットも含めたメディアを道具として使いこなし、生活を豊かにするためのかかわり方などを教えることが大切なのだろう。堀田龍也先生はそれをメディアとの「つきあい方」の学習と表現されている。そして、それは、大学に「でも」入ってからでは遅いのだ。なぜなら、小学生とっても「本当に必要」なことだからである。また、それを教えるためには、「小学校からパソコンを追放」してはできないであろう。『メディアとのつきあい方学習』で述べられているように、キーボード入力を教えなかったり、インターネットを取り上げたりして「臭いものに蓋をしても、本質的なことは何も解決しない」のだ。
 一番初めの命題がメタファであることは承知の上で、それでも私の結論はこうだ。インターネットが人を殺すわけではない。インターネットの危険性を理解せず(教わらず)、インターネットの暗黒面に落ちてしまった人間が犯罪を起こす危険性がある。だから、情報モラル教育(堀田先生言うところの「情報安全教育」)が重要なのだ。
 インターネットは、使い方を誤れば危険な道具であることは間違いない。だが、それは「車が凶器となりうる」「テレビは有害だ」ということと同じではないだろうか。
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 それにしても、柳田氏ほどの論客にして、小学校では「子供たちにパソコン遊びを教え」ているのだという程度の認識なのかと思うと複雑な気分である。小学生の子供を持っていない一般の人々にはどんなイメージなのだろうか。
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 今回の文を書くにあたって、クリフォード・ストール著『インターネットはからっぽの洞窟』を少し読み返してみた。7年前にはすでにネット社会のマイナス面がちゃんと指摘されている。ストール氏が「神話」に過ぎないと書いたことのうちいくつかは実現してしまったし、図書館は消え去っていないが、それでも「ネットワークの人工的な世界では、小鳥のさえずりさえ聞こえない。バーチャルコミュニティの約束手形はいろいろあるだろうが、それを追い求めるよりは、現実のコミュニティに住んで、現実の生活を送る方が大切だ。」という主張は正しいと思う。だから、どうするのか?現実の生活や本物の経験を通して得られるものを大切にしながら、便利な道具としてネットワークやメディアを使いこなす、そんな子供たちを育てていかなくてはならないのだと思う。
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by mac04 | 2004-08-23 15:48 | 教育
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小学校教師のつぶやき。昔は情報教育についての話題も発信してました。


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