まこ先のきまぐれラクダ日記

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あらためて、難しい低学年(No.92)

 算数の時間のこと。「(1)5のだんの九九の答えは、いくつずつふえていますか。」という問題に対して、5人ほどの子が「意味が分からない」と言う。5のだんの九九は目の前に示してあるので、九九の答え自体が分からないわけではない。「いくつずつふえているか」という意味が分からないのだ。さらに聞くと「ふえる」ということの意味は分かっており、答え(の数)がだんだんふえていることも分かるという。つまり、「いくつずつ」の意味が分からないということになるのだが、これを一体どうやって説明すればいいのだろうか。そもそも、小学校2年生の段階で「いくつずつ」の意味がとらえられないということがあるのだろうか。
 国語の研究指定を受けているから特に思うのかもしれないが、本当に、その年齢の発達段階に応じた国語力がないと、学習は成り立たないと強く感じた1日であった。
 この、分からない子どもたちをどうしたらいいのだろうか。今日は、分かる大多数の子どもをほっといて、分からない5人のために、手を変え品を変え、1時間説明してどうにか納得してもらった(ように思う)。もちろん、ものすごいジレンマはあった。何事もなく理解できる子どもたちには、ほとんど得ることのない1時間であったろうと思うからだ。しかし、TTでもなく、分からないまま進めば、たぶん、授業後の休み時間に補っても、わからないことが積み上がるだけだろう。どうするべきであったのか。
 ちなみに、(2)は「5のだんの九九で、かける数が1ずつふえると、答えはいくつずつふえますか。」という問いだ。(1)と同じことを問うているのだが、(1)が分からない子に(2)が分かるわけがない。
 今までの学習の積み重ねが出ているだけだ、と言われればそれまでだ。読み取る力をつけてこなかったぼくの指導の仕方に問題があるのだろう。一体、この子たちは、何が分かっていて何が分からないのだろう。担任してから1年半経った今でも、正直なところ分からないことが多い。
 さらに言うと、子ども自身が、ある事柄について自分が分かっているのか分かっていないのか、分からないのだ。分からない子に挙手させる。分かっている(と思っている)子に説明させようとすると、全く分かっていなかったりするのだ。答えが合っているか、違っているかというレベルではなく、今、何について勉強しているのか、という段階で分からなくなっている子もいる。ぼくの使っている言語は、子どもたちの言語とは違うのではないか、と思うことがよくある。今日は1日、ずっとそんな調子だった。むなしさの多い1日であった。
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by mac04 | 2004-11-19 21:48 | 日常
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小学校教師のつぶやき。昔は情報教育についての話題も発信してました。


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